アシックス会長の鬼塚喜八郎さんが九月二十九日、亡くなった。鳥取一中(現鳥取西高)出身で、同社を世界的企業に育て上げた偉大な経営者の訃報(ふほう)に、県内は悲しみが広がった。県政顧問や神戸鳥取県人会長として県の発展に尽力。関係者はその功績と人柄をしのぶ声を寄せた。
西尾邑次元県知事は、県政顧問時の、誠実で何事にも熱のこもった姿勢が印象に残っているという。「空論ではなく自分の経験に基づいたしっかりした意見をいただいた。立派なことを言うのではなく、立派なことをするのが大切だということを体現されていた」と振り返った。
また、県の生涯学習事業への尽力に感謝し、「責任感と郷土愛にあふれていた。何かをお願いすれば応えてくれる人だった」と人柄をしのんだ。
経済界は、偉大な先駆者の死を悼む。鳥取商工会議所の八村輝夫会頭は「鳥取のことで熱心に協力していただいた。元気な声、馬力のある方で、かわいがってもらった」と語り、「リーダーシップ、気持ちをつかむ経営、研究熱心さ…。学ぶことは多く、これからもアドバイスをいただきたかった」と無念さをにじます。
鬼塚さんは母校の市立明治小児童のために、修学旅行の宿泊先に同社施設を毎年のように提供。訪れた子どもたちに自身の苦労話や努力の大切さを語り聞かせるなど、未来を担う後輩たちを励まし、心を通わせてきた。山崎洋司校長は「この春にお会いしたときも、若々しく、力強い握手をしていただいた。残念でならない」と話す。
鬼塚さんが会長を務める山陰アシックス工業(境港市渡町)では、訃報を聞いた社員が三十日も出社。総務部次長の安岡浩志さん(54)は「世界を飛び回って非常に元気な方だったので、驚いている。エネルギッシュで駄目なものは駄目、いいことはいい、とはっきり言われる方だった。人情家で、来られた時は社員に温かい言葉をかけてもらった」と振り返った。同社は一日、朝礼で全社員が黙とうをささげる。 (10/1記事)
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