美保湾沖で一九二七年八月二十四日に起きた旧海軍演習事故の殉職者追悼式が十九日、鳥取県境港市花町の台場公園に建つ慰霊塔前で営まれ、参列した遺族が献花した。事故から八十年の歳月が流れて当時を知る世代が少なくなる中、参列者は平和の尊さを伝えていく誓いを新たにした。
事故は夜間演習中の巡洋艦「神通(じんつう)」「那珂(なか)」がそれぞれ駆逐艦「蕨(わらび)」「葦(あし)」と衝突。蕨と葦の乗組員計百二十人が犠牲になった。
追悼式には福岡、鹿児島県から訪れた三家族六人の遺族など約百五十人が参列。境港市の中村勝治市長は「悪夢のような事故は決して忘れてはならない。戦争の悲惨さと平和の尊さを語り継いでいく」と述べ、海上自衛隊舞鶴地方総監の加藤耕司海将らが追悼の言葉を寄せた。
葦の一等機関兵曹だった草場茂雄さん=当時(29)=の長女、前田 子さん(82)=福岡県粕屋町=は献花後、「(父親の殉職後は)母と私の生活で、事故の話は禁句でした」と回想。 子さんの息子、茂春さん(54)は「きのう松江市美保関町の灯台から美保湾を眺め、『会いに来たよ』と母は言っていた」と話していた。
境港市は事故の三十、五十周年に追悼式を挙行。八十周年の今回は台場公園に隣接する海とくらしの史料館で殉職者の写真を公開し、艦船模型で当時の状況を再現する追悼展を二十六日まで開いている。 (8/20記事)
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