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2007年05月25日 | |
| 大助さん「おかえり」脳出血克服 108日ぶり漫才披露 | ||
| 脳出血で自宅療養していた漫才コンビ「宮川大助・花子」の宮川大助さん(56)が二十四日、大阪市中央区の「なんばグランド花月」(NGK)で漫才を披露、緊急入院した二月五日から百八日ぶりに舞台に復帰した。(日本海新聞提供) | ||
| 脳出血で自宅療養していた漫才コンビ「宮川大助・花子」の宮川大助さん(56)が二十四日、大阪市中央区の「なんばグランド花月」(NGK)で漫才を披露、緊急入院した二月五日から百八日ぶりに舞台に復帰した。 会場には「お帰り」「おめでとう」というファンの声が飛び交い、「復帰 おめでとう」の大型ビジョンをバックにステージに立った二人の顔に自然と笑みが浮かんだ。漫談で孤軍奮闘していた花子さんが「やっと隣にうちのイ・ビョンホンが帰ってきました」と笑いを誘い、入院時の話などをネタに夫婦ならではの息の合った掛け合いで会場を沸かせた。 公演を無事終えた大助さんは「出る前は喜びより頑張らなくてはいけないという気持ちだったが、今は百パーセント喜びでいっぱい」と満足げな様子。花子さんもうれし涙をぬぐいながら「お客さんにすごい喜んでいただいて感謝しているが、わたしが一番喜んでいるんやで」と話した。 大助さんは現在も左半身のしびれがあり、血圧の上昇を薬で抑えるなど万全の状態ではないという。二十九日からNGKで一週間、十分程度のネタを一日二回限定の漫才公演で本格的に活動を展開する。 大助さんは舞台出演後、バラエティー番組のけいこ中にしびれや目まいを訴え、大阪市内の病院で脳出血と判明。そのまま入院し、三月六日に退院、自宅でリハビリに努めていた。 「体を第一に」 地元で喜びの声 二十四日に舞台復帰した漫才師の宮川大助さん(56)=本名・松下孝美=は境港市に帰郷して母校の子どもたちと交流を深めた経緯もあり、学校関係者はこの日のカムバックを喜んだ。 大助さんは境港市の余子小、第二中の出身。米子市の米子工業高を卒業後、吉本入りした。 番組収録のため、二〇〇五年三月に大助さんが漫才の相手方で妻の花子さんとともに訪れた第二中は折しも、今年十一月に学校創立五十周年の記念式典を迎える。同校の川田修一校長は「回復が良い方向に向かい、式典に出席してもらえれば。ただ無理することなく、体を第一に考えてほしい」と話していた。(5/25記事) |
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