境水道を横断し、鳥取県境港市と対岸の島根県松江市美保関町をつなぐ渡船が、三月末でその役目を終える。地元の高齢者や学生たちの生活に密着した交通手段として長年活躍したが、車社会の発達などで利用者が激減。港町の情緒を伝える渡船は歴史に幕を下ろし、姿を消すことになった。
渡船は境港市相生町と松江市美保関町宇井間の境水道約三百メートルを三、四分で結ぶ。一日二十四往復で運賃は片道大人二百円。利用者のほとんどが通勤をはじめ病院や買い物のため境港市に訪れる美保関町民。境水道渡船(境港市相生町、林力社長)が経営する。
陸続きではなかった両地域では、戦前から渡船が盛んだったという。一九七二年七月に、両地域を結ぶ境水道大橋が完成する前は、カーフェリーも運航していた。個人で渡船事業を展開していた林社長は、他の渡船を買い取るなどして五五年ごろに同渡船会社を設立。七四年から国の認可を得た渡船事業を開始した。
ピーク時には年間八十−百万人の利用者があったが、マイカーの普及が進んだほか、同大橋の無料化などで利用者は減少。八八年に約十六万人いた利用者は、二〇〇五年には約三万三千人になった。
利用者減による経営悪化のため、同社は一九九九年には事業廃止の意向を両自治体に示したが、継続の要望があり、赤字補てんの補助を受けながら事業を続行。ことし四月からようやく、渡船の代替となる両地域を結ぶバス(一日二十往復)が松江市によって運行されることになり、同渡船は中国運輸局鳥取運輸支局に四月から半年間の渡船事業の休止届を提出した。今後廃業手続きに移る。
林社長(76)は「長年事故もなく、やり遂げることができホッしているが、正直なところ寂しくもありますね」と話す。通勤のため十年以上渡船を利用しているという美保関町内の女性(60)は「安全に運んでくれてありがたかった。通院するおばあさんや学生さんたちとは常連で、会話も弾んでいた。渡船がなくなってしまうのは本当に寂しい」と、残念がっていた。(3/10記事)
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