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2006年02月03日 | |
| 成るか隠岐観光再生 「鬼太郎フェリー」就航 | ||
| 観光振興を目指し、島根県・隠岐諸島と境港を結ぶ「鬼太郎フェリー」が一月に就航した。離島にあこがれた若者が大挙して隠岐を訪れたのは今や昔の話。離島ブームが過ぎ去ったところへ不況が追い打ちをかけ、島への観光客は減少の一途だ。航路の妖怪観光化で隠岐観光を再生する戦略は、奏功するのか。(日本海新聞提供) | ||
| 観光振興を目指し、島根県・隠岐諸島と境港を結ぶ「鬼太郎フェリー」が一月に就航した。離島にあこがれた若者が大挙して隠岐を訪れたのは今や昔の話。離島ブームが過ぎ去ったところへ不況が追い打ちをかけ、島への観光客は減少の一途だ。航路の妖怪観光化で隠岐観光を再生する戦略は、奏功するのか。 【イメージ逆転】 「隠岐の景況は低迷している」。隠岐汽船の野津達雄社長は就航記念セレモニーでこう切り出し、鬼太郎フェリーの波及効果に寄せる期待の大きさをにじませた。 同社によると、境港や七類(松江市)など本土と隠岐の間を運航するフェリーと高速船の年間乗客数は二〇〇四年度実績で約五十三万七千人。最盛期だった一九九八年度の約六十二万人に比べ、十万人近く減った。 隠岐観光協会によると、集計法の変更で単純比較はできないが、離島ブームだった七〇年代初頭は年間二十万人が訪れたが、〇四年は十五万四千人。この間、観光の「安・近・短」が進んだだけに、離島に対し「行きにくい」とのマイナスイメージがつきまとうようになった、と危ぐする。 【楽しい島に】 こうした島内の経済事情を背景に、鬼太郎フェリーは就航した。 発案者は、島内で個人タクシーを営む鏡谷元さん(53)。水木しげるロードに家族で訪れた際に思い付いた。「妖怪ブロンズ像を触って楽しむ観光客を見た。隠岐も楽しい島になればと思った」 鬼太郎フェリーは、隠岐−境港間約八十キロを一日一往復するフェリー「しらしま」の船体に境港市出身の漫画家、水木しげるさんの『ゲゲゲの鬼太郎』を装飾した船で、事業費は約五百万円。鏡谷さんの提案に賛同した隠岐、境港の青年会議所や観光協会が寄付金を募って実現した経緯があり、両地域が一体となってつくり上げた地域振興の起爆剤でもある。 隠岐観光協会の武田匡専務は「自然豊かな隠岐の魅力をあらためて全国発信する機会が鬼太郎フェリーで得られた。まずは境港、米子、松江などでのPRを」と話し、境港での停泊時間を利用したイベントも思案中だ。 境港市観光協会の黒田正己事務局長は「今後どのように鬼太郎を活用してPRしたいのか、隠岐側の考えを尊重することが大切。時間をかけてコンセンサスを得たい」と連携策を模索する。 【広がる「妖界」】 旅行代理店のJTBは鬼太郎フェリーに着目し、春の山陰路の紹介パンフレットで取り上げる意向。「フェリーを知ってもらうためにも京阪神に向けて情報発信してほしい」と地元の盛り上がりに期待する。同社の企画担当者は観光振興について「旅館一軒が頑張ってもだめ。地域のまとまりの強いエリアが最終的に伸びる」と強調した。 境港−隠岐航路は、昭和四十年代初頭に本土側の起点が七類に全面移転する計画が持ち上がった際、境港市内在住の隠岐島出身者らが存続を求めて署名運動した歴史があり、両地域の結び付きは強い。現在、島内景況の低迷に直面する隠岐汽船は境港、七類の寄港地を一港に絞る案が浮上しているだけに、鬼太郎フェリーの成否は多方面に影響を及ぼす。 鬼太郎フェリーは、昨秋に始まったJR境線の妖怪をテーマとする観光路線化が海に伸びたイメージがある。フェリーでつながった米子−境港−隠岐の妖怪観光ルートを生かして観光の広域化と航路の利用促進を図るソフト戦略の充実が、今後、問われそうだ。(2/3記事「話題を追う 」) |
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