境港市大正町の岸壁で一九四五年(昭和二十年)に旧日本軍の徴用船「玉栄丸」が爆発し、死者百十五人を出した事故から六十周年を迎えた二十三日、現地の慰霊碑前で献花式が営まれた。体験者が少なくなる中、惨事を風化させない思いを込め、市幹部職員や地元市民ら約五十人が犠牲者の冥福を祈った。
事故が発生した時刻の午前七時四十分、「永久に安らかに」と刻まれた慰霊碑に向かって参列者が黙とうをささげた。
白いユリを献花した中村勝治市長は「今年は戦後六十周年を迎えようとしている。今に生きるわたしたちが、悲惨な歴史を繰り返さないために、平和の尊さ、戦争の悲惨さを語り継いでいかなければならない」と述べた。
玉栄丸は四五年四月二十三日、爆薬の荷揚げ作業中に突然、大爆発。死者百十五人、負傷者三百九人、倒壊焼失家屋四百三十一戸、被災人口千七百九十人に上る惨事となり、境港は山陰最大の戦災都市になった。
参列した市民の一人で、慰霊碑の清掃奉仕をしている近くの手島千鶴子さん(78)は「爆発で姉は負傷し、家を失い苦労しました。事故を知る人が年々少なくなる中、行政がしっかり語り継いでほしいと思います」と話していた。(4/24記事)
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